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主の平和
三光教会 姉川 良一
第一回学徒動員で卒業を五ヵ月早められ、昭和十七年二月陸軍に入隊した。
幼児洗礼でキリスト者の家庭に育ち主日の礼拝を教会で守りながら、真珠湾攻撃の直後には、ある程度の興奮を覚え、戦争否定はおろか日本国民として戦わねばならぬという気持であったことは率直な事実である。
入隊後、幹部候補生となり、予備士官学校で陸士出の区隊長から「大忠帰一」の訓話でマインドコントロ−ルされ、重機関銃小隊長として南方戦線に船出するときには「勝たねば帰るまじ」と誓っていた。
南方の島で戦い、その間多くの部下や戦友を亡くした。
終戦となり、一年間シンガポ−ル南マラッカ海峡にあるレンバン島で捕虜生活、昭和二十一年六月宇品港へ帰国復員。
被爆地広島を通るときは汽車の窓のブラインドを下ろされた。
放射能を警戒したのか、惨めな故国の姿から目を覆うためか、戦いの惨めさを祖国でまで痛感した。
昭和二十八年商社マンとして、まだプロペラ機であったが、アメリカへ出張したとき、サンフランシスコの街角でお婆さんから
「お前は日本人か」
と声をかけられ、
「私はこの戦争で日本人に息子を殺された」
と叫ぶように言われた。
その時私は、アメリカのアトミックボンブで多くの一般人が殺された・・・・と言い返したかったが、これを押えて
「戦争は二度とあってはいけない。世界が平和であるように」
と答えたのを覚えている。
なぜ人間は戦争をするのか。
「汝の敵を愛せよ」といわれ人類を創られた神のみ心に反して、紀元前も紀元後もなぜ戦争は絶えないのか。
戦争の起りは、民族・思想・主義・宗教の相違、国益の衝突、国力の強弱、領土の拡大、資源の獲得などなど、同じ人間でありながら色々な人欲と怨念がからんだ醜い闘争である。
人間同士の愛はどこにも見出せない。
戦争に踏切るのはその時の為政者である。
その国のリ−ダ−がゴ−サインを出したとき、国民は好むと好まざるとに拘らず、フォロ−せねばならぬ宿命を持っている。

サミットの長上会議が永年続けられているが、平和憲法というすばらしい国是に生きている戦後の日本のリ−ダ−は、
なぜ「武装放棄、戦争皆無の世界平和」を絶叫しないのか。
これが原爆の被害を受けた唯一の国、日本の特権であるし、わが国は世界平和を叫び得るヒロインではないのか。
人類を創られた全能の主は、ひとり子をこの世に遣わし十字架の血により全人類の罪を担い、愛に徹し、人類の救いの内に復活された。
然し次の裁きの日まで厳格な審判の目で私たちを見ておられる。
イエスは十字架の死によって全てを代表し、人間が命を奪いあうことを否定された。
人の命に対する権能はただ神のみにある。
私たち個人個人は弱い存在である。とても個人的に世界に呼びかける力も能力もない。
しかし私たちは、主日の礼拝で「互いに尊敬する心を与え、全ての人の幸せを求めさせて下さい」と祈っている。
聖餐の初めには、隣の人に「主の平和」と平和の挨拶を交わしている。
この小さな挨拶が単に教会の隣の人との祈りにとどまらず、全世界の人々との挨拶にまでエスカレ−トし、戦争の永久に無くなることを望んでやまない。
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